うつ病の精神症状とDSM−Wによる気分障害の分類
心身のエネルギーが枯渇して生きる意欲が乏しくなってしまう事を特徴とするうつ病(Depression)は、『こころの風邪』と言う呼び方をされる事があるように、精神疾患の中では最も発症しやすいありふれた病気の一つです。
特に、産業経済が発展した先進国では、毎日の生活が慌しくなり時間に追われるように余裕のない暮らしをしている人が少なくありません。その結果、深刻な精神的ストレスや過度の焦燥感や苛立ちに曝されることになり、うつ病を発症しやすいストレスの強い条件が整ってしまうのです。日本では、年間の自殺者数が3万人の大台を越えて、猶予を許さない切実で深刻な問題となっていて、早急な対処が望まれていますが、精神福祉の観点から自殺遂行とうつ病の自殺念慮との相関関係にも注目が集まっています。
うつ病の生涯有病率は10〜15%とされており、非常にありふれた病気で誰がいつうつ病を発症してもおかしくないと言えます。
最近、テレビや新聞、雑誌などでうつ病の特集が組まれたり、症状の説明がされたりして、うつ病の話題が取り上げられる機会が飛躍的に増加しています。様々なメディアを通して、うつ病に関する情報提供が多くなるにつれて、うつ病の存在そのものを全く知らないという方は減っていて、うつ病についての理解や認識も少しずつ深まってきています。しかし、まだまだうつ病に関する正しい知識と対処法が十分に普及しているとは言い難い部分もあるようです。
うつ病についての間違った認識の代表的なものとして、『朝起きられないというのは、気合が足りないだけだ』『何もやる気が起きない、無気力で仕事も勉強もできないなんて単なるわがままで怠けたいという気持ちがあるからそうなるのだ』『憂鬱や無気力、億劫感というのは誰でも感じる事があるが、皆は頑張ってその憂鬱感や気分の落ち込みを乗り越えている。何故、あなただけが乗り越える事が出来ないのだ』という独断的な偏見があります。もちろん、こういった気持ちの持ちようや精神の集中次第で、自分の気分や感情の状態をコントロールできるという楽観的な精神論は、精神医学的あるいは心理学的見地からは間違った固定観念に過ぎません。
日常生活の中で経験するちょっとした気分の落ち込みや抑うつ感といった精神的疲労ならば、自分の気持ちを転換したり、自己叱咤して意識的に明るく振る舞う事で回復して元気になることもありますが、うつ病と診断されるような病的で深刻なうつ状態になると自分の意志で気分を立て直したり、努力して感情を前向きにさせることは事実上不可能となります。
うつ病の患者への接し方で注意しなければならないのは、うつ病に罹患している人は元々怠惰で無気力な性格やいい加減で無責任なタイプというわけではなく、むしろ几帳面で生真面目な完全主義者が多いという事です。うつ病の人たちは、周囲の人への気配りが行き届いていて、何事も完璧にきちんとやり遂げようとする責任感の強い人が多いという事実を正確に認識して接していくことが大切になってきます。
怠け者で意志薄弱だからうつ病になったのではなく、今まで、うつ病を発病するほどに限界まで一生懸命頑張って生きてきたからこそ心身共に疲労し過ぎてうつ病になってしまったと考えるべきです。
だから、人並み以上に真剣に生きてきた結果としてうつ病を発症してしまった人に対して、『早くうつ病から回復して元気になるように頑張れ』『早くうつ病を治して、また以前の様に生き生きと働いたり遊んだりしているあなたの姿を見たい』といった形で叱咤激励したり、発破を掛けたりする事は出来るだけ控えるようにしなければなりません。
また、うつ病に罹る人の大半は、元来、自分の与えられた仕事や役目に対する責任感が強く、何事に対しても一生懸命取り組む傾向がありますので、周囲の人からいちいち指摘されたり助言されなくても自分自身が一番『何とかして早く鬱状態を克服して元気になりたい。その為に出来る限りの努力をする』という意志を持っていてそれが知らず知らずのうちに心理的ストレスになっていたりもするのです。
うつ病の患者にとってまず必要なのは、外部からの叱咤激励や助言忠告ではなく、リラックスできる環境での十分な期間の休養と信頼できる家族や関係者に見守られた安心できる場所で何の心配をすることもなく安静にすることです。そして、うつ病に対処する際に最も留意すべきことは、巷に流布するいい加減な俗説や噂に惑わされずにうつ病に関する正確な知識を身に付けて、適切な治療やカウンセリングを受ける事です。
また、うつ病の患者は、心身のエネルギーが極限まで磨り減って弱まっているため、今まで楽しめていた趣味や好きだった娯楽にも興味が湧かなくなっていることが少なくありません。そういった事情を察して、不用意に気晴らしや遊びに誘わないように気をつけることも必要です。
重症のうつ病の人の場合には、日中に外に出かけたり、決まった時間・場所で人と会うことそのものが非常に大きな心理的負担となるので、遊びや娯楽であっても気持ちを紛らわす効果よりも症状を増悪させる悪い効果が出る場合があるのです。本人が遊びに出かけたいと自ら意思表示した場合にはその限りではありませんが、本人の意志を確認せずに不用意に遊びに誘うと元々他人への気配りが強いうつ病の人は『遊びに出かけないと相手が気分を悪くするのではないか。せっかく自分のためを思って誘ってくれているのだから、その気持ちに応えなければならない』という心配や憂慮をしてしまってそれがストレスとなってしまいます。
うつ病は、気分が高揚し過ぎて興奮し、活動的になり過ぎる躁状態と一緒になってうつと躁が交互に症状となって現れる躁鬱病の病態の一部として考えられてきました。
看護は何を意味する
躁鬱病やうつ病は、現在の主流的な疾病分類であるDSM−Wでは、気分障害あるいは感情障害として分類されています。つまり、DSM−Wにおけるうつ病は、人格や性格の問題を中心として生じる障害ではなく、精神状態が完全に異常になってしまう障害でもなくて、気分や感情の状態を自分自身で適切にコントロールする事が不可能になる事によって起こる障害だと認識されているのです。
一時期、よくテレビや雑誌で話題に出されていた仮面うつ病というのは、自覚症状のないうつ病とでも言うべきもので、不眠症や食欲不振、吐き気、眩暈、胃痛、便秘・下痢といった身体症状が前面に出てきて、憂鬱感やおっくう感、焦燥感といった精神症状が隠されてしまううつ病のことを意味します。
仮面うつ病を発症した患者は自分自身では、気分の落ち込みや抑うつ感、意欲の減退といったうつ病特有の精神症状を感じて悩むことがないので、単なる体調の悪化や身体の不調といった形で捉えられてしまい自分がうつ病に罹患している事になかなか気付く事が出来ないという特徴があります。
DSM−Wによる気分障害の分類は、次のようになっています。双極性障害というのは、躁鬱病のことを指しています。1.大うつ病
2.気分変調性障害
3.双極T型障害
4.双極U型障害
5.気分循環性障害
6.その他
キールホルツによるうつ病の分類から症状の重篤度による分類へ
うつ病の分類には、うつ病になった原因によって分類するキールホルツのうつ病分類というものがあって、かつてはその分類が主流となっていました。キールホルツは、スイスの精神科医であり、うつ病の病因論研究に大きな功績を残した人物です。しかし、現在では特定する事が難しい原因によって分類するキールホルツの分類よりも、うつ症状の程度と持続期間によって重症うつ病(大うつ病エピソード)と軽症うつ病に分けて考える事が多くなっています。
かつてのうつ病は重症のものが多く、外出することすらままならず、家に閉じこもってしまい完全な無気力状態に陥って無為になってしまうことが多かったのですが、現在のうつ病の主流は軽症うつ病で、気力を奮い起こせば何とか学校や職場に出かけることが出来るのですが、気分はいつもひどく落ち込んでいて、体がだるくやる気も起きない状態が何年も続いている事が多いようです。更に、不眠、めまいや吐き気などの身体症状と闘いながら困難な日常生活を送ることを余儀なくされている症例が多いようで、軽症とはいっても本人が感じる苦悩や葛藤、それによって受ける職業的社会的不利益や人間関係の損失はかなり大きなものがあります。
キールホルツのうつ病分類では、うつ病は『外因性うつ病(身体因性うつ病)』『内因性うつ病』『心因性うつ病』に分類されます。
外因性うつ病は、脳外傷・脳挫傷などの怪我や脳疾患など体の病気が原因となって引き起こされるうつ病のことです。そして、外因性うつ病には、器質性うつ病と症状性うつ病があります。分裂病性うつ病も外因性うつ病に含むことがあります。
内因性うつ病は、原因を明確に特定する事のできないうつ病で遺伝的要因や体質・気質などの先天的要因が影響して一人でに発病するタイプのうつ病と考えられています。内因性うつ病には、双極性うつ病と単極性うつ病、退行性うつ病があります。
心因性うつ病は、対人関係の問題や生活環境の変化、親しい人との離別などによるストレスや精神的ショックが引き金となって発症するうつ病で心理的原因によって引き起こされるものです。軽症うつ病の大部分が、心因性うつ病であると考えられています。心因性うつ病には、神経症性うつ病、疲憊性うつ病、反応性うつ病があります。
うつ病になった時によく経験される主な症状として以下のようなものがありますが、複数の項目に該当する人や症状をいつも自覚して悩んでいる人はうつ病に罹患している可能性がありますので、薬物療法や心理療法・カウンセリングなどうつ病への対策が必要になってきます。
次のような症状がある場合には専門家にご相談下さい |
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憂鬱な気分や気分の落ち込みが継続している。 心身共に疲労しやすくなっている。 朝は気分が悪くて体調がすぐれないのに、夕方から夜になると気分が良くなる。 寝つきが悪くてなかなか眠れなかったり、途中で目覚めて十分に眠れない。 気が滅入ってしまい、何もやる気が起きない。 全身に倦怠感があり、頭痛やめまいがしたりする。 絶えず不安感と焦燥感があり、イライラとして落ち着かない。 考えをまとめることが出来ず、頭がぼんやりとしている。 将来に対して悲観的なことや絶望的なことばかり繰り返して考えてしまう。 友達や知人と会いたくなくなり、家に引きこもるようになってしまう。 今まで読めていた本や新聞を読めなくなり、読んでも内容が頭に入らない。 いつも悲しい気持ちや寂しい気分があり、涙が自然に流れることがある。 食欲がなくなり、好きだった料理もおいしく感じなくなる。 |
上記のようなうつ病に見られる症状の原因となるものには、キールホルツの分類にあるように外傷や病気などの外因、遺伝要因や身体的要因などの内因、心理的ストレスなどの心因があります。
それらの中で、自分自身で意識してストレスに対処できるのは心因性のうつ病だけですが、うつ病の原因となる精神的ストレスの代表的なものとして以下のようなものがあります。
うつ状態を引き起こすストレス状況 |
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配偶者・恋人・家族・親しい友人との死別や離別(対象喪失の体験) 失恋・離婚といった結婚生活・恋愛関係における挫折経験。 子どもが独立してしまい、生活に張りがなくなる喪失的体験。 人間関係の葛藤や対立、喧嘩、仲違いによるストレス。 引っ越しや新築などによる住環境の急激な変化。 仕事の失敗・倒産・リストラ。学業の失敗・挫折・落第。 転職・転勤・人事異動などによる職場環境の急激な変化。 昇進による責任感の自覚や仕事の質量の増加による負担。 左遷やリストラによる精神的落胆や無気力。 医療のケーススタディを書き込む方法 定年退職によってやるべき仕事や生きる意義を喪失してしまう。 妊娠・出産による環境の変化と子育ての大変さへの心配。不安や憂鬱感を感じるマタニティブルー。 病気・過労・事故・更年期障害によるストレス。体力の低下や身体の障害・症状に対する不安・絶望・恐怖。 悲惨で過酷な戦争・事件・事故・災害に遭遇して被害にあってしまう。トラウマの形成によるPTSDへの発展。 生活環境の急激な変化。 被虐待体験やつらい過去など生育歴や生活史から推察される内面に抑圧された大きくて深刻な精神的ストレス。 脳の障害や異常によるストレス。内分泌器官の異常による自律神経系の失調。 パーキンソン病、C型肝炎、膠原病などの治療薬の副作用による気分の落ち込みや憂鬱感。 |
うつ病になると、精神と身体に多種多様な症状が出ます。
うつ病の精神症状と身体症状
気分が落ち込む、抑うつ感をいつも感じている、不安感に悩まされているといった精神症状と共に、眠ろうとしても眠ることが出来ない睡眠障害、いつも身体がだるくて疲れやすい、肩こりや腰痛がひどい、食欲不振になり体重が減っている、性欲が減退して異性に興味がなくなったなどの身体症状がうつ病にはよく見られます。
特に、精神症状があまり前面に出てこずに、疲労感や食欲不振、下痢・便秘・腹痛などの胃腸症状や睡眠障害などの身体症状ばかりが目立つ場合にはうつ病の発見が遅れることもあります。本人は、憂鬱感や無気力、おっくう感などを感じて悩んでいるわけではないので、自分がうつ病であるなどとは夢にも思いません。その為、身体の不調や症状を訴えて内科や胃腸科などを受診して色々な検査を受けたりするのですが、幾ら調べても異常なしという検査結果がでて、なかなか症状が改善しないということが良くあります。
内科などの身体的病因を検査して治療する診療科にかかっていて全く症状が改善もしないし、病気の原因も分からないという場合には、うつ病や神経症をはじめとした"こころの病気"が原因となって身体症状が出ている場合があるので身体的原因と合わせて心理的原因も考えていく必要があります。
うつ病になった人の多くが、寝つきが悪くなってなかなか眠りに入る事が出来ない『入眠障害』、一旦、眠っても眠っている途中ですぐに目が覚めてしまって十分な睡眠が取れない『途中覚醒・早朝覚醒』、眠りが浅くて、睡眠の質が悪く眠っても疲れが取れず眠った気がしない『熟眠障害』といった睡眠障害の症状を訴えます。
そして、うつ病の症状の特徴として、『日内変動』というものがあります。日内変動というのは、朝起きてからしばらくは体調が悪くて症状もきついのですが、夕方くらいの時間になると体調が比較的良くなって症状も収まってくるという"症状のリズム"のことです。
うつ病に見られる"病的な憂鬱"と誰もが日常生活の中で感じる事のある"一般的な病的ではない憂鬱"とは、明らかにその特徴と質、持続期間が異なります。
憂鬱は、一般的な意味では『気分が晴れず、落ち込んで塞ぎこんでいる様子。気分が落ち込んで、何も楽しめない沈んだ様子』といったもので、誰でも失恋した時や仕事や試験で失敗した時、大切な相手と死別したり離別する時などに憂鬱な気分や塞ぎこんだ悲しい心理状態になります。
一般的な憂鬱感や悲しみの気分は、好きな人と別れる事になったから憂鬱になったというように原因となった出来事を比較的簡単に特定することが出来ますが、うつ病の病的な憂鬱の場合には、原因を単一の出来事や現象に特定することが難しく、本人も何故自分が強い憂鬱感を感じて無気力になっているのか原因が分からないといった事が少なくありません。
憂鬱感の持続期間に関して言えば、一般的な病的でない憂鬱感は、原因となった出来事から数週間程度で憂鬱感が弱まって普通の精神状態に戻って生きますが、うつ病の病的な憂鬱感の場合には二週間以上継続してその憂鬱感が弱まることはありません。場合によっては、うつ病の憂鬱感が漠然と数年間にもわたって続き、気分が滅入って抑うつ感に沈んでいる状態が当たり前の普通の状態になってしまっている場合もあります。
憂鬱感の持続期間から言える事として、次のような事があります。一般的な憂鬱感の場合には、気分が沈みこむ原因となった悲しくてつらい出来事を回復の過程で心理的に受容して克服していくことが出来ます。反対に、うつ病の病的な憂鬱感の場合には、原因となる悲しくてショッキングな出来事が判明した場合でも、その悲しい経験を心理的に受け入れて乗り越えていくことが非常に難しいという特徴があります。
また、原因となった悲しい出来事そのものも、一般的な憂鬱感の場合には、他者と共通理解が可能で同情や共感などが起こりやすいのですが、うつ病の場合には、何故、そんなに気分が滅入って憂鬱感に沈んでしまうのかが上手く説明できない場合が多く、他者と悲しい気分やつらい感情を共有することが難しいのです。つまり、うつ病の憂鬱感や無気力、悲しみの感情・気分は、一般的な憂鬱や悲しみと比べて主観的で特異的であり、他人と共通理解することが難しい場合が多いと言えるでしょう。
うつ病の原因については、単一の原因に還元して考える事は出来ず、幾つかの複数の原因が複雑に絡み合ってうつ病が発症すると考えられています。
上述したように、近親者との死別や離婚・失恋、仕事の失敗や学業の挫折、生活環境の劇的な変化などうつ病を引き起こすと考えられている心理的ストレスやストレス状況がまず考えられます。心理的ストレスは、家庭・職場・学校など至る所で発生しますので、そのストレスに上手く対処して出来るだけストレスを蓄積しないように工夫していかなければなりません。
うつ病の原因として他に考えられるのは、家族歴や既往歴から想定される遺伝的要因もあります。しかし、祖父母や両親がうつ病や躁鬱病だからといって、自分が必ずしもうつ病・躁鬱病を発病するわけではなく、飽くまでも家族にうつ病・躁鬱病の人がいない人よりもうつ病・躁鬱病になる確率がやや高くなるといった程度に考えてもらえれば良いと思います。
うつ病の病前性格
また、うつ病の原因として性格も考えられます。特に、ある病気に罹りやすい性格特性を持つ性格の事を『病前性格』と言います。
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うつ病の病前性格として知られているものには、テレンバッハのメランコリー親和型性格、下田光造の執着性格、クレッチマーの循環性格などがあります。
うつ病になりやすい人たちの性格の特徴を簡潔に示すと、まじめで几帳面であり、物事を完全にやり遂げようとする完全主義の傾向があり、責任感や義務感の強い信頼される性格という事になります。
一般的にうつ病になる人たちの性格は、明るくて親しみ易く思いやりがあるという意味で『人に好意を持たれやすく信頼されやすい良い性格』であることが多いのです。
うつ病の病前性格である循環性格の特徴として、以下の項目が挙げられます。1.明るくて社交的であり、温和で親しみ易い性格で、周囲から好ましい人柄であると評価されている。
2.面白くてユーモアがあって相手を楽しませる会話や行動が出来る性格で、明朗快活で精力的な印象がある。
3.一方で、気分がふさいで静かに落ち着いた感じになり、失敗やミスをいつまでもくよくよと悩んでいたりする性格。責任感や義務感を必要以上に感じてプレッシャーに押し潰されやすい。
日本の精神医学者である下田光造が提唱した執着性格の特徴としては、以下の項目が挙げられます。
1.一つの物事に執着して、最期まで徹底的にやり抜こうとする性格で、その場合には柔軟性がなくなり融通が効かなくなる。何かに熱中して没頭しやすい性格であり、凝り性な面が強い。2.責任感が強くて真面目で仕事熱心であり、仕事や勉強の手を抜いたり怠けたりすることが出来ない完全主義の傾向がある。
3.周囲から模範的な素晴らしい人物であると評価されていて、頼りにされている。周囲の人への思いやりや配慮が強くて、周囲の期待に応えようとしてついつい無理をしてしまう。
うつ病の神経化学的原因論
更に、うつ病の原因として、抗うつ薬の作用機序から脳内の情報伝達物質(神経伝達物質・化学物質)の分泌の異常が想定されています。
現在の精神医学では、うつ病の人の脳ではセロトニンやノルアドレナリンといった神経伝達物質の減少が起きていて、その為に情報伝達がうまく行われなくなり、抑うつ感や意欲減退、思考力の低下といった症状が出現していると考えられています。
うつ病では、セロトニン、ノルアドレナリンといった脳内の情報伝達物質の量が少なくなるという代謝異常が起きていて、抑うつ感や億劫感などの症状が現れてくるという症状形成過程から、脳内の神経細胞間のセロトニン・ノルアドレナリンの量を増やす抗うつ薬が症状の改善に効果を発揮することが分かりました。
うつ病は、生理学的な症状形成過程を考えると、セロトニンやノルアドレナリンといった化学物質が関与する脳内の情報伝達過程がスムーズに行われなくなることによって症状が現れてくる事になります。
今まで説明してきたような脳内の化学物質の分泌の増減によって、精神状態が変化し気分が変調するという仮説を『モノアミン仮説』といいます。モノアミンとは、セロトニンやノルアドレナリン、ドーパミンといった精神活動に影響を与える神経伝達物質の総称です。
更に、モノアミンの化学的な情報伝達を受け取る受容器(レセプター)の機能や特性に何らかの問題があるために、脳内のモノアミンの分量が増減してうつ病(気分障害)などの精神障害が発症するという仮説を『レセプター仮説』ということもあります。モノアミン仮説もレセプター仮説も、心理的抑制や精神的亢進などの精神症状を、脳内の化学的な神経伝達機構の障害に還元することによって、精神疾患を理解していこうとする神経科学的な仮説だということができます。
うつ病の原因を、心理的ストレス、病前性格、遺伝的背景、脳内の情報伝達物質の減少の観点から説明しましたが、それらの原因が複雑に絡み合うことによって発生する精神症状と身体症状をまとめると以下の表のようになります。
精神症状 | 身体症状 |
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憂鬱感と抑うつ感。何をしても楽しくないし、喜びを感じる事が出来ない。 自己の無価値感と希死念慮・自殺念慮。生きていても仕方がない、生きる意味がないと感じる。 いつも悲しい気分に沈んでいて、寂しくて仕方がない。理由もなく涙が流れたり、悲しみに沈む。 心理的抑制が起こり、ぼーっとして頭が働かない。思考力と記憶力・読解力の著しい低下に悩む。 将来に対して絶望して悲観的な事ばかり考えてしまう。希望が持てず、自己を過小評価してしまう。 意欲が減退して何もやる気が起きない。全ての物事に対して興味関心が消失し、完全に無気力になる。 考えや行動が硬直して柔軟性を失ってしまい、現実的状況に対応できずにひどく落ち込む。 今までスムーズに出来ていた判断や決断が出来なくなり、優柔不断になる。物事の決定が不可能になる。 外に出かける気力がなくなり、人と交流したり会話する気力や意欲が全くなくなる。自室にひきこもってしまい、外界との接触を失う。 今まで普通に出来ていた着替えや家事などの基本的な日常の動作が出来なくなり、行動が鈍くなる。 抑うつ感、意欲の減退、思考力・決断力の低下、悲哀感などのうつ病特有の症状が二週間以上継続して、長期にわたって苦しみ悩む。 | なかなか眠れなかったり、途中で目が覚めるといった睡眠障害。 食べ物が美味しく感じられなくなり、食欲が低下して食欲不振に陥る。 異性に対する興味や欲求が弱くなり、性的な欲求もなくなる性欲減退。 身体がだるくて疲れやすいという全身の倦怠感。 頭痛がしたりめまいがしたりする。耳鳴りがすることもある。 肩凝り、腰痛、関節痛といった身体症状がでる。 便秘・下痢・腹痛といった消化器症状がでる。 手足が冷える冷え性の症状が出たり、痺れたりする。 動悸がしたり、呼吸困難になったりする。胸部の圧迫感を感じる。 口が渇いたり、喉に何か異物がつまっているといった症状がでる。 食欲不振から体重が減少する。 |
ここまで、うつ病の症状、原因、神経学的機序、特徴などについて述べてきましたが、うつ病に限らずあらゆる精神疾患の治療には早期に発見して早期に治療することが最も効果的な対処法になってきます。
うつ病は、症状の軽快過程において一進一退の経過を辿ることが多く、また再発する可能性も少なくない病気ですので根気よく気長に治療していくと共に、日常生活の中でうまくストレスに対処出来るようになっていかなければなりません。そして、うつ病の治療に際しては、家庭や職場の人々の共感に基づいた協力と患者の立場にたった温かい理解が欠かせません。
うつ病の人たちに心に留めておいて頂きたいのは、うつ病は適切な治療と対処をとれば必ず回復して良くなる病気だという事です。深刻に悲観的に考え込み過ぎて憂鬱な気分を強めすぎないように、将来必ず自分は良くなって楽しい生活を送れるようになるという確信をいつも内面に持つようにすることが大切です。
現在の一般的なうつ病の治療は、『十分な休息』『カウンセリング・認知療法などの心理療法』『抗うつ薬を中心とする薬物療法』によって行われています。
うつ病と症状精神病の関係
うつ病の精神症状として出てくる『抑うつ感・憂鬱感・不安感・焦燥感・不穏・イライラ・疲労倦怠感』や躁鬱病(双極性障害)に見られる過剰に精神活動が活発化した躁状態、観念奔逸などは、器質的な身体疾患によっても発症することがあります。
症状精神病とは、簡単に言えば『身体疾患の発症や経過によって出現する精神障害』のことで、脳疾患による精神障害を排除したものです。
何故、脳疾患を排除するかというと、脳機能と精神機能との密接な関係性を考慮すれば、全ての精神病(神経症水準を越えた重症度の高い精神疾患)は、脳に何らかの機能的失調を抱えていると推測されるからです。その為、心因性の精神病と脳疾患による精神病以外の原因による『身体疾患から派生した精神障害』を症状精神病と呼ぶのです。
全身性の身体疾患や局部的な器質的障害によって、二次的に併発する精神症状及び精神機能の失調が症状精神病ですが、症状精神病を引き起こす代表的な身体疾患には以下のようなものがあります。症状精神病は、所見から明らかに身体疾患の存在が分からない場合には、高度な医学的診断の知識と専門的な治療経験を要す疾患ですので、症状精神病が心配な方は心身医学の専門医の診療を受けたほうがよいでしょう。
基礎疾患 | 基礎疾患の概要 | 派生する精神症状 |
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甲状腺機能亢進症 | 内分泌器官である甲状腺のホルモン分泌が過剰になる病気で、交感神経を過度に興奮させることで、生理活動と精神機能も亢進します。 | 自律神経と精神機能がいつも興奮(亢進)している状態となり、不安・焦燥感・イライラ・疲労感・情緒不安定・神経過敏・睡眠障害が発症します。悪化すると、うつ病や統合失調症の精神症状も示します。 |
甲状腺機能低下症 | 甲状腺機能が低下して、甲状腺ホルモン分泌が減少し、生理活動と精神機能も低下していく疾患です。 | 精神機能低下に付随して、うつ病水準の深刻な抑うつ感や無気力の精神症状が現れます。悪化すると精神病水準の錯乱、妄想、譫妄といった意識障害を併発します。 |
副腎皮質機能亢進症 | 内分泌器官である副腎皮質のホルモン分泌が亢進して、コルチゾールの血中濃度の上昇によって起こる疾患。クッシング症候群ともいう。 | 感情や気分の易変性、情緒不安定、易疲労感と倦怠感。不安・焦燥・抑うつなど。 |
副腎皮質機能低下症 | 副腎皮質のホルモン分泌が減少することによって起こる疾患で、内分泌疾患のアジソン病や下垂体前葉の障害の原因となることがあります。 | 抑うつ感・無気力・億劫感などのうつ病症状や稀に躁状態や興奮を起こす。 |
ステロイドの副作用による精神障害 | ステロイドの外用剤ではまず起きないが、高濃度の合成副腎皮質ホルモン剤を長期に内服した場合に、うつ病に似た精神障害を起こすことがある。 | うつ病様の鬱状態、躁状態。悪化すると解離症状、幻覚妄想、錯乱、意識混濁などの精神病状態を呈すこともある。 |
代謝障害疾患 | 尿毒症・人工透析の副作用・肝臓疾患・ウィルソン病など代謝系の器質的病変や機能障害によって起こる疾患の総称。 | 憂鬱感・不安感・意欲減退・無気力・疲労感などのうつ病症状。意識水準の低下でぼんやりとした解離症状や意識障害など。 |
上記に挙げた以外にも、女性特有の妊娠出産(妊娠直後・出産前・出産直後などが不安定期)にまつわる女性ホルモン分泌障害やビタミン欠乏症、全身症状を呈するチフス、赤痢、インフルエンザなどの感染症、膠原病や全身性エリテマトーデス、重症アトピー性皮膚炎などの自己免疫疾患(アレルギー性疾患)によっても多彩な精神症状が発現する可能性があります。
ここでは、気分障害(うつ病・躁鬱病)と症状精神病の関係に重点を置きましたが、症状"精神病"と呼ばれるように、本来は統合失調症(旧称・精神分裂病)の幻覚妄想などの認知機能障害を示すことが多いのも症状精神病の特徴です。しかし、多くの場合、重症度の高い精神症状よりも器質的病態のある身体疾患が早く発見されているので、身体疾患の治療を中心に置きながら精神症状を緩和するケアを行っていくことになります。
何故、症状精神病の治療において身体疾患の治療を最優先するのかといえば、症状精神病の原因が身体の基礎疾患にあり、精神症状はその副次的な産物に過ぎないと医学的に判断されるからです。
特別な心理的原因(心配・悩み・トラウマ)などがあって、心因性の精神症状なのではないかという疑念があるならば、主治医の見解も聴きながら、カウンセリングや心理療法などを相補的な選択肢として考えてもよいと思います。
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